従来の大学教育と中小企業が求める人材像のギャップを埋め、ものづくりの街らしいシンボリックな教育で創造性豊かな人材を育てる

一一本日は三条市長時代に大学設立を構想した国定勇人衆議院議員をお招きしました。改めて、当時の大学設立の経緯をお聞かせください。
国定 燕三条地域は全国有数の金属加工のものづくりの街で、ここから生まれる製品は世界でも高い評価を得ていますし、その業績は常に世界経済の動向に非常に左右されます。私は平成19年のリーマンショックをきっかけに、市長として地域の経営者や労働者と意見交換を重ねていました。そこで分かったのが深刻な雇用のミスマッチでした。燕三条地域に限らず、日本の産業構造を支えているのは全体の99.7パーセントを占める中小企業です。しかし、国内にある既存の大学を卒業してきた人材と、中小企業の現場で求められる人材の間には大きなギャップがありました。従来の大学教育においては、理系分野で特に顕著ですが、より専門性を高めていく教育が行なわれています。ところが、中小企業では限られた人数で様々なことをこなす必要があるため総合力が求められます。このギャップと問題解決のために、実学系のものづくり大学の創設が必要と考え、市長三期目の公約に掲げて実現させたのです。シャハリアル学長との対話から構想をスタートさせました。
シャハリアル 燕三条地域の産業における課題意識として、私も研究者の視点から同じようなことを感じていました。日本の大学教育では、大企業に勤めることを前提にしたような学びの手法を実践してきました。しかし、それが地方の中小企業に適応する人材育成かというと、実際には一致せず、様々なロスが多い。そこで、実学志向に辿り着くわけです。私たちが燕三条の10年後を想い描いたとき、実学的な教育がなされていなければ企業も学生も地域も大学に魅力を感じないのではと考えました。
国定 もちろん既存の日本の教育システムの中にも実学志向の機関はあります。それは高専(高等専門学校)です。ただし高専で学ぶこどもたちは、中学校の卒業時点で将来に進む道を決めなければなりません。それは非常に難しいことです。そこで、高専の教育システム自体は優れているのだから、長期間の企業実習など、ものづくりの街らしいシンボリックな教育で創造性豊かな人材を育てる日本に唯一無二の大学を目指しました。

知識とスキルのバランスを重視。現場での経験からしか得られない感覚こそ必要
シャハリアル 目的と手段は常にセットです。地方の中小企業における中核的な人材の育成には、それにふさわしい手法があるはずです。目指すべき教育手法はどこにも前例がなかったので、様々な方たちと相談をしました。その結果、知識とスキルのバランスを重視することにしたのです。
国定 知識とスキルのバランスを見失わず、両者の間を行ったり来たりしながら螺旋を描くように学びが上昇していくイメージです。みなさんはリーダーとマネージャーの違いをご存じですか? 現代経営学やマネジメントの発明者として知られるドラッカーは、「リーダーシップとは正しいことをすること」であり、「マネジメントとは物事を正しくすること」であると論じました。企業が現場に求めるマネジメントは、過去の実績や蓄積に基づいてミッションを忠実に実行していくことです。しかし、中小企業の現場ではそれだけでは足りない。経営者的、リーダー的な視点もないと総合力を発揮できません。中小企業の中核を担う人材には、自分が正しいと思ったことを自ら開拓していく力が必要で、それを身に付けるためには知識と現場にある技術の間を、何度も何度も行ったり来たりすることが大事なのです。
シャハリアル 実際の経験なしに知識だけを取得していっても、人工知能のように正しいことを言い続けることはできるでしょう。統計的に正しい答えは導き出せるからです。しかし、社会実装をすれば理論通りにいかないことはたくさんあります。その感覚は現場での経験からしか得られません。そのためには、企業実習以外の学習方法は考えられませんが、その構築と運営は非常に大変です。なぜならそれは大学と企業間の理解の上で成立するものだからです。企業側も当事者にならないとこのシステムは機能しません。双方が課題をフィードバックしながら進化することが求められます。しかし、企業実習を終えた学生たちと話すと、一般的な大学生に比べて提案力も発言力も全く違うことが分かります。経験に基づいた学習法ほど有効なものはないということを目の当たりにしています。
国定 世の中に産官学連携を唱える大学はたくさんありますが、彼らはパイロットプロジェクトとして取り組んでいるように感じます。少なくとも私は三条市立大学のレベルで取り組んでいる事例を見たことがありません。
シャハリアル なぜ実現しないのかというと、この手法は大学と自治体、企業が本気にならないと成立しません。企業に丸投げではできないのです。企業にあるどのような経験を、どのような学びにコンバートすることができるのかを考え、地域と企業がプラットフォームを作らなければなりません。誰もが思いつく素晴らしいやり方ですが、実現するのは非常に難しい。
国定 正しくそうです。企業理解が得られないとそもそも始まりません。こうして92社の地域企業から理解をいただいて、実現できたのはこの地域だからこそだと思います。
シャハリアル それほど地域のみなさんの当事者意識が高まっているのです。実習を終えた2年生が実習先の社長から「いつでも内定を出すよ」と声をかけてもらったと話していました。私たちのプロセスが間違っていないということ、企業も学生も喜びを感じてくれていること、その先に地域の発展があることを確信できるエピソードだと思います。

創造性豊かなテクノロジストを育てる使命。複雑な課題にも知識と経験ベースでアプローチする
国定 市長時代は企業実習を繰り返す中で地域に愛着を感じ、1人でも多くの卒業生に残ってほしいとは考えていました。現在、一期生が就職活動中ですが、彼らは頑張って県内企業の内々定も勝ち取ってくれています。三条市外の出身学生も地域のものづくりに魅力を感じてくれているのだと感じます。
シャハリアル 一期生はコロナ禍での大学生活を余儀なくされましたが、その中でも非常に頑張ってくれています。三条市立大学では総合力を養うための人材育成をしていますが、製造だけでなく、企画や販売など様々な業種を視野に入れて就職活動をしています。彼らは誇るべき燕三条のものづくりの価値観を学んでいますから、その伝達者として世界で活躍してほしいとも思います。また、地元の経営者の方たちは「自分の右腕が欲しい」と異口同音に言います。そのポジションを得ることが、卒業生の誇りと矜持になっていけば理想的です。
国定 私は構想の当初、「三条技能創造大学」と名付けようと考えていました。「技能」とは素晴らしい日本語で「技術」とは少し違います。単なる無機質なテクノロジーではなく、経験に裏付けられた有機的な能力を意味します。様々な経緯を経て、現在の大学名に落ち着きましたが、技能をフックにして創造性豊かなテクノロジストを育てようという使命は、より重要になってきています。
シャハリアル なぜ三条市立大学の学生が工学知識とマネジメントを同時に学んでいるのかというと、技能とは作り続けないと古くガラクタになってしまうからです。燕三条地域には素晴らしい技術がありますが、常に新しい技能をクリエイトし続けてきたからこそ今があります。複雑な課題にも知識と経験ベースでアプローチすることで、大学の学びに磨きをかけていきたいと思います。
一一最後に高校生のみなさんにメッセージをお願いします。
シャハリアル 大学はどんなことでも学べる場所です。自分のキャリアは自分で設計しなければなりません。夢と希望を描いて、どういう自分になりたいかを、私たちにぶつけてみてください。三条市立大学はその思いをリアルに落とし込み、自分作りのお手伝いをします。
国定 みなさんは常に「日本の強みとは何か」と考えた方が良い。相手の得意なところで勝負しても勝つことはできません。自分の土俵で世界と戦わなければならないのです。そして、今も日本が世界に勝ち続けているのはものづくりです。近年の世界的な課題である気候変動や資源循環も、ものづくりなしでは解決しません。今後の経済の中心になるトピックスには必ずものづくりが連動してきます。ものづくりを生涯の武器として手に入れることは、世界で活躍し人生を豊かにするツールを手に入れることなのです。三条市立大学の素晴らしい教育と先輩たちがみなさんを待っています。